2011年12月31日土曜日

2011年12月31日。

数時間後に、この太陽が沈み、初日の出となって戻ってくるわけです。そんな風に考えると、なんだか不思議な感じがします。
津波で崩壊した池に水が溜まり、鳥が戻ってきている! うれしすぎて、手が震えて、なかなかシャッターが押せなかったよ。ありがとう。
そしてまもなく、今年最後の日没がやってこようとしています。僕も、家に帰ります。来年も、やさしい言葉があふれる豊かな一年でありますように。

2011年12月30日金曜日

ラシーン 2011

さて、今年も残り1日。
おかげさまで、ラシーンも無事に年を越せそうである。ありがたい。
現在(2011年12月)の段階で、走行距離は12万7千km。今年1年で、だいたい1万3千kmほど走行したことになる。燃費の方は、街乗りで8〜9km前後。高速道路で10〜11kmといったところだろうか。今時の低燃費の車と比較すると、決してほめられた値ではないし、1500ccとはいえパワーはないので(ボディもカクカクしているし)エアコンをつけると坂道もきついのだが、住めば都というか、親バカというか、よくがんばったなあ、という気分である。


今年は、青森・山形・長野と、3度ほど遠乗りをした。特に不具合もなかったし、修理した部分もない。オイル交換をして(5000kmに一度)クーラント液を補充し、夏タイヤを交換したくらいだ。それから錆の手入れもしたけど、これは古い車にはつきものなので、ほぼノーメンテナンスといえると思う。


来年の6月に車検なのだけど、最初にラシーンを購入した時には、ここで降りようかと思っていたのだけど、ネットで調べてみると、同じようなラシーンがまだまだ現役で走っているようだし、他に乗りたい車もないので、もう一回は車検を通そうかと考えている。目標は15万km。大切にして、最後まで元気に走ってもらおうと考えている。


それにしても、今年は仙台市内でも、何台かラシーンをみかけた。覚えているだけでも7台以上は見たと思う。カスタムペイントされたラシーンもあったりして、そんな風に大切にされているラシーンを見ると「負けられないぜ」と思ったりする。別に、勝ち負けではないんですけどね。



2011年12月29日木曜日

復興祈願「絆」バッチ。

復興祈願として「絆」バッチを制作した。
このバッチを制作したのは、この「絆」の文字を書いて下さった、手描き看板職人・上久保さんからの電話がきっかけだった。


上久保さんとの会話の中で「今、大切なことのひとつは『風化させない』ことだ」という話題になった。今回の被害は、5年10年で復興するというものではない。10年、20年単位での復興への取り組みが必要なわけだから、風化させない取り組みも継続していかなければならない、という話になった。


そこで、何かを始めよう、まずはひとつ形にしよう、ということから制作したのが、このバッチである。このバッチを見てもらうことで、震災のことを意識に上げてもらいたい。そして会話を交わしてもらいたい。そんな希望を込めて制作した。


上久保さんの筆文字の力で、シンプルでちいさいけれど、存在感のあるバッチになった。もし、このバッチを目にすることがあれば、ぜひ話をして復興へ思いを寄せていただければ、うれしく思います。


※「絆バッチ」をご希望の方、各種媒体で「プレゼント」して下さる方には、提供しますのでご相談ください。問い合わせはこちら >>>

2011年12月26日月曜日

地底の森ミュージアムへ行く

地底の森ミュージアムへ行ってきた。「地底の森」と聞くと、いったい何の施設なのだろう? と思うかもしれない。実際のところ、自分も「地下にもぐって楽しむアトラクションがある施設」だと思い込んでいた。子供達が、地底に設置された遊具(のようなもの)を使って、楽しむような場所だと思い込んでいたわけである。


そのようなわけで、ずっと足が向かなかったわけだけど、今回とある情報誌を見て「地底の森ミュージアム= 仙台市富沢遺跡保存館」ということがわかり、がぜん興味が湧いたので行ってみることにしたというわけです。


当館へ向かったのは、12月の下旬。かなり冷え込んでいて、小雪もちらつく気候だったので「もしかすると、自分たちしかいないのでは?」と心配をしつつ、駐車場に車をとめ、受付で入場券を購入し(大人400円 平成23年現在)扉を開けて中に進む。扉を開けたとたんに、湿気を多く含んだ温かな空気が、もわっ、と身体を包み込む。ゆるやかに地底の方向へと向かっていく廊下を歩いていくと、いやがおうにも期待感が高まっていく。これから別世界へ行くのだ、という気分になってくる。


そんな気分で曲がった先に広がるのは、富沢遺跡を発掘された状態のまま保管してある「地下展示室」。想像以上の広さ。そして、何ともいえない異様な(実際は、異様でもなんでもないのだけど、そのように感じてしまう。まさに異界といった印象だった)空間が目の前に広がっていた。


柵に近寄って目をこらしてみると、そこには保存のために特殊加工された湿地帯の跡が広がっていた。何かの骨かと思われた物体は、針葉樹林の木々だった。それらが、なんてことのない自然物だとわかっても、やはり不可思議な印象は消えることがなかった。いや、次第に「異様さ」から「神秘さ」に意識が変化してきたように思えてきた。もうしばらく、ここで眺めていたいような気分に変わってきた。




遺跡の上に設置されたスクリーンで、当時の様子を再現した映像を見た後、展示室へ向かう。遺跡から発掘された資料をもとに研究された解説を読んでいくと、いつの間にか「この世界」に強い魅力を感じている自分に気づく。
残された跡から、当時の人たちの行動を推測し、考えていく作業というのは、とても興味深いことに思えた。未来は知ることはできないけれど、過去は知ることができる可能性がある。そして、過去を知ることで現在の自分たちにつながる「何か」が明らかになっていく。面白い世界だな、とひとつひとつの資料を見ながら、十分に楽しませてもらった。


それにしても、自分のような素人には「石が欠けたもの」としか感じられないようなものも、専門家が見ると「これは!」ということに、なるわけだ。もし自分が発掘に参加したならば、一級資料でも「ゴミ!」と遠くに放り投げてしまいそうである。逆に、単なる偶然で積み重なった石を見て「これは・・・何か呪術的な意味があるのかもしれない」と、よけいな推測をして、混乱してしまうかもしれない。クールに淡々と作業ができる方が向いている仕事だと思うので、発見があっても「いや、まてよ、これは・・・」と冷静に分析できる人の方が向いていそうなので、つくづく自分には縁のない世界なのかもしれないな、と思ったりしました。


それはともかく「地底の森ミュージアム」は、子供のための施設ではなく、大人も子供もみんなで楽しめる施設でした。近くには長町MALLなど、ショッピングセンターなどもあるので、ミュージアムで勉強して、買い物して食事して、デートなどにもぴったりかと思われます。平成8年に開館した建物も、楕円形のよく考えられたデザイン(施設)なので、それを見るだけでも面白いですよ。




地底の森ミュージアム 周辺地図



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2011年12月20日火曜日

仙台市歴史民族資料館へ

仙台市歴史民族資料館へ行ってきた。
この資料館は、榴ヶ岡公園の敷地内にある。それまでに榴ヶ岡公園へは何度も行ったことがあったし、この建物も目にはしていたのだけど、まさかここが歴史民族資料館になっていたとは、全く気がつかなかった。人間は、興味があるものしか視界に入ってこない、というのは本当なのだ、ということを体験から学ぶことができた。


今回、この仙台市歴史民族資料館へ向かったのは、12月の中旬。かなり冷え込む一日だったので、自分たちくらいしか客がいないのではないか、と心配していたのだけど、さにあらず。自分たちの他にも、7〜8人くらいの先客がいた。みんな、熱心に資料をのぞきこみ、うなづくようにして見入っている。中には、ひとつの資料に数分以上の時間をかけて、ていねいに回っている人もいる。この寒い日に、わざわざ資料館にくるくらいの人だから、きっとこのような分野が好きなのだろう(人のことは言えないが)。そんな熱心な人たちに混ざりながら、自分も展示物を見て回る。


ここ仙台市歴史民族資料館では、明治時代から昭和にかけての仙台に関する資料が展示されている。
民族資料館の名前の通り、一般的な生活や風景に関する資料が並んでいるので、とても身近に感じるし、身近なだけに「生きて、生活している」という生々しさのようなものも感じる。


そういえば、祖父が生きていたころに、この「豆炭」を使っていたよな、とか、このタイプと同じ掃除機が家にあったかもしれない、とか、ひとつひとつに深いシンパシーを感じる。
実家にあったものも、ここに寄贈すれば展示してもらえたのだろうか? 自分たちが「もう古いからいらない」と捨ててしまっていたものでも、ほんの30年、40年後の人たちにしてみれば、貴重な資料になりえるのだろうか? そんなことを考えながら、懐かしみながら展示物を見て回った。


考えてみれば、ほんの数十年前までは、仙台駅前も小さな駅舎がひとつあるだけの場所だったわけだ。人が歩き、立ち止まり、その横を車が通り過ぎるような場所だったわけだ。そこに路面電車が走り、道が整備され、ビルが建ち並んで今の風景を作っていく。ほんの(と、いう表現が正しいかどうかは別として)数十年のできごとだ。少なくとも、僕の祖父が見ていた風景とは、全く異なるものになっていることは間違いない。きっと、僕の孫の世代になれば、もっともっと違う風景になっていくのだろう。そんなことを考えると、なんだか不思議な気分になってくる。


震災後から「今、この風景を忘れないようにしよう」という気持ちが、とても強くなってきていた。今、この時代に、この風景を見ることができるのは、この時代に生きている自分達にしか体験できないことなのだから、しっかり見ておこう。そして、忘れないようにしておこうと、考えるようになってきた。
そのような意味でも、今、このタイミングで仙台市歴史民族資料館に来ることができて、とてもよかったと感じている。ある日突然、この「仙台」ができた訳ではなく、先人達が切り開き、育ててくれた場所に、僕たちが生活しているのだということを、確認できてよかったと思う。


入館料は大人200円(2011年12月現在)。十分にそれ以上に楽しめるし、建物を眺めるだけでも価値があると思うので、ぜひ気になる方は足を運んでいただきたい。余談になるけれど、資料館のグッズなども充実してもらえると、面白いのではないかと思うので担当の方は検討していただけるとうれしいです。




追記:
Youtubeで「仙台の路面電車」の画像を見つけることができた。自分は、残念ながら記憶には残っていないのだけど、見ているだけで、ものすごくドキドキした。もう一度、仙台の街の中を路面電車が走ったのなら・・・、としみじみ感じました。

2011年12月15日木曜日

2011.12.13

今日はなんだか、太陽の光が眩しく感じます。ポケットに手を突っ込んで、歩こうと思います。(←深い意味なし)

鉢植えの青々とした葉を目にすると「お、春も近いな」と思ったりします。そして即座に「いやいや違う。これから厳しい冬がやってくるのだ」と現実に戻され、思わず背筋が丸くなってしまうのであります。

只今の仙台市内の気温は、3度。仮設住宅で頑張っている方も、移転先で凌いでいる方も、この冬無事に乗り越えていただきたいと、願うばかりです。

2011年12月12日月曜日

タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密を観に行く。

いよいよ、とうとう「タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密」を観てきた。数年前に「スピルバーグ監督によって、映画化されるかもしれない」という噂を耳にしてから、ずっと楽しみにしていた映画だったので、期待感は最高潮。数日前から、タンタンの冒険旅行を読み返したりして、この日に備えていた。


だいぶ前にも書いたかもしれないが(書いていないかもしれないが)自分がタンタンの冒険旅行に魅力を感じたきっかけのひとつが、スノーウィーだった。主人公のタンタンに寄り添い、けなげに動き回るスノーウィーの活躍ぶりを見て「なんて、かわいいヤツだ!」と思ったことが、きっかけだった。


実家で犬を2匹飼っていて、子供の頃から犬好きだったから、スノーウィーに実家の犬の様子を重ねていたのかもしれない。スノーウィーを通して、自分の犬の思い出を見ていたのかもしれない。そんなこともあって、動いているスノーウィーを、3Dで観ることができると考えただけで、楽しみでしかたがなかった。映画の予告編で、ほんの数秒だけ動いているスノーウィーを見ただけで、思わず「うおっ!」とつぶやいてしまったほどだから、自分がどれほどスノーウィーのファンなのかを想像していただきたい。


そんな期待を抱えつつ映画館へ向かう。

今回は「3D・字幕版」で鑑賞した。やはり「冒険」は3Dで観るべきだろうという考えから、最初から3Dで観ることは大前提だった。
久しぶりに3D版を観るということで、初めて知ったのだけど、今は通常版にプラス300円さらに眼鏡代100円が加算されるようになっていた。つまり「1.800円+300円+100円=2.200円」ということになる。別な意味でも気合いがはいった(笑)少しも逃さずに、じっくり観てやろうという気分になる。

さて、実際のストーリの感想は、これから観に行く人たちのために、書かないでおこうと思う。ただ、ひとつだけ書いておくならば、映画を観終わってしばらくしてから「ああ、面白かったな」と、じわじわとくる作品だったと思う。ひさしぶりに、映画らしい映画を観たという気分だ。こんな風に、映画館でもう一度観たいと思う映画に出会えるということは、なかなかうれしいことですね。
できれば何度か観たいので「半券を持っている人は、空席がある時のみ2回目以降は800円で鑑賞可」など「3回目以降は300円」というような割引制度があれば、映画好きならば何度か通うと思う。映画の醍醐味は、同じ場所、同じ空間で、たくさんの人と一緒に観る。そして、自分が笑った同じ場面で他の人たちが笑っている様子を観てさらに笑う、というような部分もあると思うので、何らかの形で実現してもらえないかな、と空想したりしている。液晶テレビが大型になって、3Dも自宅で観られるようになった時代だからこそ、そんな空間の提供に、映画業界ががんばってもらえたのならと、勝手に妄想したりしている。

あ、それから、スノーウィーはスクリーンの中で、確かに生きていました。動いていました。ハドック船長はしぶくて、原作で読んでいた時よりも魅力的に感じたし(想像していたよりも、背が低くてずんぐりしていましたけどね・笑)タンタンは機敏で、スマートでした。デュポン・デュボンは、自分の中のイメージと完璧すぎるほど一致していたので、思わずニヤリとしてしまうくらいでした。面白いですよ。


関連:「タンタンの冒険旅行を巡る冒険」

2011年12月11日日曜日

すばらしい天気。

今日は、すばらしい天気です。

土曜日の朝は、車が少ないので、
道が空いているので、わりと好きです。

そして、夜には月食を観察しました。
雲もなく、とてもきれいな夜でした。

2011年12月10日土曜日

ラシーン、タイヤ交換。

ラシーンのタイヤをスタッドレスに交換した。この作業をするのは、毎年12月ということもあって、「今年も一年、やたらと早かったな」と考えながら、ジャッキアップしたり、重いタイヤを運んだりしている。

取り外した夏タイヤ(通常のやつです)を点検してみたところ、フロントタイヤが、かなり片減りしていることに気がついた。スリップマークが出ているから、次回(6月)の車検では新品と交換しなければ、ならないだろう。

このタイヤに替えてから、約3万kmほど走行したとはいえ、ちょっと減りが早いような気がしている。今年は高速道路を多めに走行したとはいえ、せいぜい3千kmといったところ。このくらいだと、さほど負担もかからないだろうし、そもそもスピードがでない車だから・・・いや、でもこんなものかな。
痛い出費だけど、タイヤは車と地面と直接触れている部分だし、安全を見て早めに交換しようと思っている。いくら四駆だとはいえ、タイヤがすり減っていては、いざという時に、ふんばれないですからね。


ちなみに、ラシーンのタイヤサイズは14インチだ。スカイラインの時は16インチだったので、タイヤも高くて大変だったけれど、14インチタイヤだと比較的安いのでちょっと、ほっとしている。

2011年12月6日火曜日

深夜の連続ツイート「食べたかったパン」

理不尽な対応をされても、気迫をこめてブレずに進み続ける。足を止めない。その努力が本物なら、いつか理解者が表れる。必ず誰かが見ていてくれる。でも、それは3ヶ月後かも、1年後かもしれない。だから、続けてみる。「もしかしたら、あと少しかも」と思いながら歩いてみる。


(つづく)不平不満を口にすると、辿り着くのが遅くなる。同じところを、ぐるぐる回って時間だけが過ぎ去ってしまう。だから、とにかく歩く。時には走ったり、跳ねてみたりもする。いろいろやる。たくさん水を飲んで、なるべく早く寝てゆっくり起きる。犬をなでたりするのもよい。


(つづく)ならないものは、ならないけれど、なるものは、なんとかなっていく。必ず、どこかが変化している。そして、ふっ、と横を見ると、ずっとそばにいてくれた人の存在に気づいたりする。食べたかったパンが買えたりもする。うまい。・・・と、いうことを、今回僕は体験から学びました。

2011年12月4日日曜日

MacBookAir 充電できない??

愛用のMacBookAirに充電ができなくなってしまった。ケーブルを接続しても、通電ランプがつかない。もちろん充電されない、という状況である。


このMacBookAirは、今年の夏に購入したばかりの、最新モデル(2011)なのだけど、購入した直後から同じような充電の不具合が断続的に生じていた。その時は、ケーブルつなぎ直すと通電していたので、なんとかそのまま使い続けていたのだけど、今回完全に故障してしまったというわけだ。


果たして、Air本体に問題があるのか? それともケーブルなのか? 本体だと面倒だな、と思いつつ修理方法をアップルのwebで確認したところ、AppleStoreに直接持ち込んでチェックしてもらう形になるということが、わかった。予約時間もwebから手続きできるので、即座に予約をして持ち込むことにした。


当日、applestoreにて担当の方にチェックしてもらったところ、どうやらケーブルの方に問題があるとのこと。特殊な使い方をしていた訳ではないし、購入直後から同じような症状が出ていたわけだから、初期不良ということだろう。
保証期間なので、ケーブルを新品に交換してもらうことになり、それで終了。本体の故障ではなかったので修理も必要なく、まあよかったと、ほっとする。


今まで、Mac4台とiphone2台購入してきたけれど、これで初期不良に当たったのは、macが1台とiphoneが1台ということになる。一対一のひきわけだ。まあ、おおごとにならなくて良かったな、と思っている。とりあえず、不具合を感じたら、すぐにチェック&修理ですね。機械は、黙っていても自然に治ってはくれませんから。



2011年12月3日土曜日

SENDAI光のページェント 2011

点灯する前の定禅寺通りの並木道。
雨が静かに降り続いていて、とてもうつくしいです。

そして、光が灯りました。
空を見上げるようにして、並木道は、写真を撮っている人たちで溢れています。
今年、この場所で、この風景を見ることができたことに、感謝と感動で胸がいっぱいになります。
こちらは番外編。PARCOのツリー。
今年もきらめいています。雨も止み、いい感じの週末の夜が過ぎていきます。
2011年、仙台光のページェントが開催された。
報道によると、東日本大震災の津波により倉庫が全損。保管していた電球等を失ってしまったという。その困難を越えて、開催された今年の光のページェント。この日を迎えるまでに、どれだけの苦労があったのだろう。どのくらいの「やさしさ」が集まったのだろう。今年はこうやって、開催されること自体が奇跡的なことなのだ。


毎年、12月になると、定禅寺通りを灯し続けてくれていたSENDAI光のページェント。それは「あたりまえ」のようで「あたりまえ」ではないことなのだ。ほんとうにありがたく、奇跡的なことだったのだ。
これからも、この場所にたくさんの人たちの笑顔が集まり、今日ここに来ている子供達が大きくなるその時まで、10年も20年もキラメキ続けてほしい。みんなで上を見上げて写真を撮ったり、歓声を上げたりしながら、うれしい時間を刻み続けてほしい。心からそう思いました。


SENDAI光のページェント オフィシャルサイト
※募金や協賛についての詳細も確認することができます。


仙台市 定禅寺通りのマップ

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2011年12月1日木曜日

缶コーヒーの、おいしい音。

隣のベンチに座った初老の男性が、ズズッと音を立てて缶コーヒーを飲んだ。あまりにも、その音が魅力的だったので、周りに座っていた人達が、揃ってその人の方を見た。そして、今日も日が暮れる。あとでコーヒー飲もう。